親父の背中
- 1 日前
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まだ私が幼児だった頃。今でも鮮明に覚えているのが、帰宅して夕食のために居間の座卓に座った父親の背中を登った記憶。大きくて登り甲斐があり、そして、安心できる場所。
私の父親は陸上競技のアスリートだった。中学時代の陸上部で才能が開花し、スポーツ推薦で入学した高校時代には高跳び・幅跳びともにで埼玉県大会で優勝。幅跳びではインターハイ(全国大会)で準優勝している。その後、実業団で陸上をやるために誘われた企業に就職。そこでは目覚ましい実績は残せなかったそうだが、陸上を辞めた後もその会社で定年まで勤め上げた。
そんな父親だが、本人曰く勉強は大の苦手で、特に算数・数学は「分数の計算はできない」「平方根が出てきたときにワケがわからなくて全てをあきらめた」というレベルの学力だったらしい。「俺の息子が算数が得意だなんて信じられん」とよく言っていた。
高卒で無学だと自認する父親ではあったが、活字を読むのは好きだったようだ。確かに本はよく読んでいたし、新聞も時間をかけて隅から隅まで読んだいたように記憶している。年老いてからも毎朝時間をかけて新聞を読み、テーブルの上には常に読みかけの本が何冊が積まれてた。
私が社会人になりたての頃 、実家で父親と同居していた時期によく言われたのが、「お前は大学を出ているのにホントに何も知らないんだな」だ。
政治や経済、国際情勢や歴史にまつわること。父親はその方面の知識が豊富で、私は到底かなわなかった。悔しかったね、「無学な親父」にそう言われるのが。だから、真剣に新聞を読んだし、それまで読んでいなかった経済雑誌も読むようになった。TVで経済番組や「NHKスペシャル」なんかも見るようになった。父親自身が、社会に出たてで未熟な私に刺激を与えるために意図的にそういう言い方をしていたのか。彼が亡くなってしまった今では確かめようもないのだが。
こう振り返ってみると、やはり父親の影響というのは大きかったんだなと思う。
自身が父親となって四半世紀が経つが、親父が私に与えたレベルの影響を、私自身が我が子には与えられていない。自身の勉強が足りないことを反省する。我が子、そして我が生徒たちにも、今からでもできる限り「背中」を見せられるよう努力をしたいものだ。





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