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不正受益

  • 18 時間前
  • 読了時間: 3分

更新日:3 時間前


社会とは、人と人とが支え合ってつくるものだ。人間は一人では生きられない。だからこそ、お互いに助け合う。それが社会の大前提であり、誰もが守るべき基本のルールだ。


当然、困っている人や弱い立場にある者は守られるべきだし、力のある者にはその力を誰かのために使う責任がある。学校という小さな社会でも同じだ。勉強や部活で力のある者が、不慣れな仲間をサポートする。その助け合いがあるからこそ、集団は集団として維持され、強くなれる。


しかし、ここで絶対に勘違いしてはならない、そして人としてやってはならない卑怯な行為がある。それは、「自分は弱者だ」という立場を都合よく装い、他人の優しさや社会の仕組みを悪用して、楽をしたり利益を得ようとしたりすることだ。


大人の世界を見渡してみると、残念ながらこうした「偽りの弱者」を装う、恥ずべきニュースが後を絶たない。


例えば、国や自治体が生活に本当に困っている人を支えるための「生活保護」という制度がある。これは病気や怪我でどうしても働けない人のための、社会の大切な命綱だ。しかし、ニュースでは「本当は別の仕事をして十分に収入があるのに、それを隠して国からお金をだまし取っていた」という不正受給による逮捕者が毎年のように出ている。また、コロナ禍のときに大打撃を受けたお店を救うための助成金を、嘘の書類を作ってだまし取った企業の元社長が、裁判で厳しい実刑判決を受けたニュースもあった。


これらはすべて、本当に助けを必要としている人の場所やお金を奪う行為だ。他人の善意や社会の優しさにつけ込み、自分だけがずるく得をしようとする悪辣な行為であり、社会全体の信頼関係を根底から壊してしまう、とても卑怯な犯罪だ。


そして、これは大人の世界だけの話ではない。君たちのすぐ近く、学校生活の中でも似たようなことが起きてはいないだろうか。


グループワークで「自分はこれが苦手だから」「できないから」と最初からやることを放棄をして、結局他のメンバーに全部押し進めさせる。本当はできるのに「体調が悪い」「自信がない」とアピールして、面倒な係や掃除の役割からずる賢く逃げる。実際は考えてもいないのに「わかりません」と回答を避ける。都合が悪くなると、涙を流して同情を引こうとしたり、被害者のような顔をして叱られるのを回避しようとする。


これらは確かに犯罪とまでは言えない。だが、ニュースに出てくる卑怯な大人たちと根っこの部分はまったく同じだ。「弱者のふり」をして周囲を自分の都合のいいようにコントロールしようとする、とても幼稚で甘ったれた思考なのだ。


誰だって本当に辛いときや自分の力ではどうしようもないときはある。その時は、「助けてほしい」と声を上げるべきだ。そして、社会も、学校も、周囲の仲間も、全力でキミを支える。そうでなくてはいけない。だが、「助けてもらうこと」に甘え、それをサボるための道具にした瞬間に、キミの人間としての信用はゼロになる。


君たちに目指してほしいのは、そんな風に誰かの優しさに乗っかって都合よく生きる人間ではない。まぁ、言うまでもなくめちゃくちゃカッコ悪いしね。


まずは自分自身の足でしっかりと立ち、自分の責任を自分で果たすこと。そうなれるための努力をすること。そして、自分が勉強やスポーツあるいは何かの分野で力をつけたら、今度はその力を使って、本当に困っている他の誰か助けられるような人物になってほしい。


涙で言い訳をするガキの思考を捨て、自分のケツは自分で拭く。そしていつか、次の世代や困っている誰かを支えられる側の人間になる。それこそが、本物の「自立した大人」の姿だ。




 
 
 

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