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「惜しかった」でいいのか?

  • 1 日前
  • 読了時間: 3分

今回のサッカーワールドカップ、日本代表の戦いは本当に素晴らしかった。グループステージでの3戦、そして、決勝トーナメントでの強豪ブラジル戦。相手に一歩も引かず、全員が連動した素晴らしい戦い方を見せてくれた。私自身はもちろん、日本中が彼らの健闘を称え拍手を送っている。テレビの前で感動した人も多いだろう。彼らは試合前、そして試合中に間違いなく全力(死力と言ってもいい)を尽くした。


しかし、ピッチに立っていた選手たちの表情はどうだっただろうか。敗戦が決まった瞬間、やるべきことはやったと満足げな表情をしていた選手がいたか?誰一人として笑っていなかったはずだ。皆が悔し涙を流し、うなだれていた。田中碧選手が号泣していたが、世間に同情してもらうためにあんな姿を見せたわけではないのは明らかだ。



なぜ?などと言うまでもない。「結果」がすべてだからだ。


国民は「よくやった」「次につながる良い戦い方だった」と褒める。それは間違いなく本物の称賛だ。だが、当の選手たちは決してそんな言葉で満足しない。なぜなら、彼らが目指したのは良い戦いをすることではなく、「ブラジルに勝って、次のステージへ進む」という明確な「結果」だったからだ。


どれだけプロセスが良くても、どれだけ内容が称賛されても、最終的な結果を得られなければ、勝負の世界では「負け」だ。彼らはその厳しさを誰よりも知っているからこそ、あの場であれほどまでに悔しがった。


さて。ここから夏を迎えて本格的な受験モードに入る中学3年生の君たちに伝えたい。


例えば定期テストや北辰のあと、

「前よりは点数が良かったから、まぁいっか」

「今回は過去最高に集中して勉強できたから、結果思ったほどではなかったたけど満足」

そんな風に、自分を甘やかしていないだろうか。


正しいプロセス(勉強法や努力)は絶対に必要だ。プロセスがなければ結果は出ないのだから。だが、「プロセスが良かったから、目指した結果が出なくても満足」と思ってしまった時点で「負け」が確定する。


君たちがこれから挑む高校入試も、ワールドカップと同じで言い訳のきかない「勝負の世界」だ。「惜しかった」「頑張った」だけで、行きたい高校の合格切符が手に入るわけじゃない。最後に求められるのは、合格という「結果」そのものだ。


サッカー日本代表の選手たちは、もう次の「結果」を出すために動き出しているはずだ。

君たちはどうする?「よく頑張った」と褒められれば満足か?


入試は間違いなく競争だ。最後の最後まで「結果(合格)」を出すことに徹底的にこだわってほしい。その執念を持った人間だけが、本当に強いライバルたちを押し退けて、自分の希望を叶えることができる。


さて、自分の裁量で時間が使える夏休みが近づいてきた。この夏休み、さらに言えばその夏休みまでの2週間。


キミはどう過ごす?

 
 
 

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