失敗した!
- 2 日前
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バイクの免許を取るために教習所に通い始めた。そして迎えた初回の技能講習、手痛い洗礼を受けた。立ちはだかったのは「一本橋」。結果は散々。何度トライしても途中で落ちてしまう。お世辞にも上手とは言えないスタートだった。
ここで私は何を思ったか。まず単純に悔しかった。「こんなの余裕でしょ!」と高を括っていた自分が恥ずかしい。そして・・・・絶対に克服してやると心に決めた。※克服しないとバイク乗れないし。
で、何をしたか。YouTubeでHowto動画を漁り、克服のための方法を研究した。そして、普段ほとんど乗らない自宅の自転車を引っ張り出し、限界まで速度を落としてバランスを取る練習を繰り返している。理論と実践。「どうすれば落ちないか」を徹底的に体に叩き込んでいる最中だ。
いい歳したオッサンが真剣な顔で自転車(しかも超スローww)に乗っているのだから、傍から見たら異様ですらあるだろう。通報されないかちょっと心配だ(笑)。だが、自分で決めた目標達成のための取組を他人の目を気にして止める気はさらさらない。また、少しずつ進歩している実感があって楽しくすらある。
できないことに直面すると「自分には才能がない」「もうダメだ」と諦めてしまう。これはよくあることだ。ただ、できないことがはっきりしたということは、裏を返せば「ここを直せばできる」という具体的な課題が見つかったということでもある。考え方を変えれば大きなチャンスだ。
偉大な発明家、トーマス・エジソンはこんな名言を残している。

「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ。」
電球を発明するまでに1万回も実験を繰り返した彼にとって、予定通りにいかない結果は「失敗」ではなく、「この方法ではダメだと分かったという前進」だったのだ。
勉強でも、部活でも、あるいはこれから挑戦するかもしれない新しい何かでも、最初から完璧にできるヤツなんて存在しない。授業中に先生にさされて間違えたことを言ってしまった。大事なテストで間違えてしまった。部活の試合で負けた。それらは「自分の弱点」に気づける最高のタイミングだ。「次までに鍛えるべき課題」が明確になった瞬間とも言える。
失敗や負けを恥じる必要は一切ない。できないことを恐れて挑戦しないこと、そして、一度の躓きで「どうせ無理だ」と考えるのをやめてしまうことほどもったいないことはない。また、それを克服する努力を「かっこ悪い」と躊躇するのも残念なことだ。だって、他人はキミが「かっこいい」か「かっこ悪い」かなんて、キミが思うほど気にしていないのだから。
「なるほど、この方法はうまくいかないんだな。じゃあ、次はどうやって攻略してやろうか」。その思考を持てた瞬間、目の前にある壁はただの「通過点」に変わる。
私が一本橋を完璧に走り抜ける日はいつになることやら。自分でもよくわからない。ただ私は「うまくいかない方法」を楽しみながら少しずつでも前進しようと決めている。
だって、止めたらそこから先には進めないのだから。





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