怖いのは「支配されること」

私は、ちょうど10年前にタバコをやめた。
それまではまずまずのヘビースモーカーだったと言っていい。1日に最低1箱。多い日は2箱、40本吸っていた。やめてまず感じたのは、健康面の変化。以前は毎年1度はひどい風邪をひいていたが、それがなくなった。よく言われる食欲増進はなかったので、禁煙により太るようなことにもならなかった。
健康面での改善はもちろんだが、禁煙したことにより私が得た最も大きな変化。それは、時間と精神的な自由を取り戻したことだ。
仕事の途中、移動の前、食事の後。「タバコを吸う」という時間が生活の中で何度も訪れる。かなりの時間をタバコに「支配」されていた。1本吸うのに5分だとして、40本だと200分。実に1日の中で3時間半近く。吸えない場所で「あ~、早く吸いたい」と考えている時間も含めれば、とんでもない量の時間がまさに「煙となって消えていた」と言える。
「でも一服しているその時間は、幸せな時間でしょ?」。そう、私もそう思っていた。だが実際には違う。タバコに依存している状態では、タバコを吸っている時間は「プラス(=幸福)」ではない。「ゼロ(=普通)」なのだ。吸っていない状態が「マイナス(=不幸)」で、吸うことによってやっと「ゼロ」に戻せる。対象がタバコでなくても同じ。依存の怖さは、ここにある。
最近では、ゲーム依存やネット依存が問題になっている。「あと10分だけ」と始めたゲームが、気づけば数時間。夜になってもやめられず、朝は起きられない。学校では眠い。それでも家に帰れば、またゲームを始めたり、SNSに時間を使う。
厚生労働省もゲーム依存・ネット依存について調査を行っている。久里浜医療センターでは、実際にネット・ゲーム依存の治療も行われている。世界的に見てもWHO(世界保健機関)による国際疾病分類の最新版「ICD-11」で、いわゆるゲーム依存が「ゲーム障害」の病名で依存症分野に加わった。過度な依存は病気なのだ。
ゲームだけじゃない。SNS、動画、買い物、仕事。大人になればタバコ、お酒やギャンブル。もちろん違法だが麻薬なども。「麻薬なんてやるはずない!」と言うかもしれないが、どれも「脳をドーパミン(※快楽や意欲に関わる神経伝達物質)漬けにして、自分でブレーキをかけられなくする」という点でまったく同じ。依存は子どもにも大人にも起こり得る問題だ。
前述の通り、依存のいちばん怖いところは、それをやることで実は幸せになっているのではないことだ。それをやることでやっと「ゼロ」に戻せているだけ。自ら「不幸」な時間を増やしているのが現実だということだ。「やめたほうがいい」と分かっているのに、やめられない。ここまでくると、単なる「好き」や「趣味」とは意味が違ってくる。
誤解しないでほしいが、「依存すること」と「夢中になること」は違う。前者は受動的、後者は能動的。「依存」から得るものはないが、「夢中」には積み上がっていくものがある
何に夢中になるれるのかを自分で選べばいい。大げさに言えば、人生は自分自身が何に時間を使ったかで決まる。怖いのは、ゲームやスマホ、タバコそのものではない。自分の時間を、自分自身を、自分以外の何かに支配されてしまうことだ。
自分の時間を何に使うのか。それを決めるのもまた、自分自身だ。





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