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可能性を信ずるということ

  • 2 時間前
  • 読了時間: 2分

小学生の頃のこと。初めて訪れた場所で、「あれ?この光景、見たことあるぞ」と感じることがあった。もしかして・・・・自分には予知能力があるのではないか?自分は特別な人間なのかもしれない。きっとそうだ。自分は超能力者なのだ!

これをデジャブ現象といって、誰しもが経験することなのだと知るのは、中学生になってからだったかな?(笑)


この話は笑い話だが、自分の可能性について限界を感じない、自分にはあらゆる可能性があると信ずる、こと。これは素晴らしい。若者はそうでなくてはいけない。特権といってもいい。自分にはこんなことはできない、と壁を作るのは年寄りになってからでも遅くない。どんどんチャレンジして、成功したり失敗したり。失敗したらもう一度チャレンジすればいいし、別のことにトライしてもいい。ここで大切なのは、可能性を信じるのならそこへ向かっていく意志を持ち、実際に行動するということだ。


一方で、中学生くらいになったら過信には気を付けないといけない。過信とは根拠のない自信のこと。自分は本当は上手くできるはず。今回できなかったのは”たまたま”だった。環境が悪かった、タイミングに問題があった、仕方がなかったのだ・・・。

これは自分の可能性を信じているのではない。単なる勘違い。大した努力もせずに、「こうありたい自分」を夢想し、結果が出ずに言い訳しているに過ぎない。このように活字にするとはっきりすると思うが・・・・・かっこ悪い。


私自身もかつてはそうだったが、中学生時分だと「必死になっている姿」をかっこ悪いと思いがちだ。そして、スマートに汗もかかずに物事を成し遂げることがカッコいい、と。


「白鳥は水面の上では優雅に見えるが、水面下では忙しく足で漕いでいる。」とは、よく言われるたとえだ。成功の裏には必ず努力がある。サッカーの世界で最高の選手の称号(バロンドール)を8回も受賞しているスーパースター、メッシの言葉を載せておく。


「努力すれば報われる?そうじゃない。報われるまで努力するんだ」












 
 
 

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