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臆病者

  • 7 時間前
  • 読了時間: 2分

「臆病」という言葉にはネガティブなイメージがある。「大胆」「積極的」の対極にある言葉だ。だが今回は、自分の臆病さを誇れ!という話をしたい。


私自身、かなりの臆病者であることを自覚している。だが、この「臆病」という性分があったからこそ、私が経営するこの小さな個人塾は25年以上も続いてきたのだとも思っている。自分がやってきた指導について「このままでいいのか?」は常に考え続けていたし、今この瞬間も考えている。「完成した」と思った瞬間はない。


最近バイクの免許を取った際も、教習所で『一本橋』に強い苦手意識があった。肝心の卒業検定で失敗するのが怖くてたまらなかった(※ここを失敗すると、他が完璧でも免許が取得できない)。だから知人に原付バイクを借り、時間を見つけては徹底的に練習を重ねた。なにせ臆病なので、泥臭く練習して少しでも自信をつけることしか考えなかった。


私と同様に自分のことを「臆病だ」と思っている生徒はきっといるだろう。テスト前になれば不安になり、模試の判定を見ては胸が押し潰されそうになる。「もっと自信を持てたらいいのに」と、堂々としている周囲を羨ましく思うこともあるだろう。だがその臆病さは、ここぞという大事な場面では力を発揮する。そのことを覚えておいてほしい。


大事な場面で最もマズいのは、根拠のない自信を持って油断することだ。自分の弱さを知っている人間は、事前に入試の出題傾向や自分自身の弱点を徹底的に調べ上げる。出そうな問題を洗い出し、苦手な単元を1つずつ潰し、準備を重ねる。この「不安を消すための準備行動」こそが合否を分ける差になる。


どれだけ準備をしても「これで100%大丈夫」とは考えない。その慎重さこそが、本番での思わぬミスを防ぐ。「最後の1分まで見直しを怠らない」「条件の見落としがないか疑う」という姿勢は、慢心からは生まれない。慎重な人間こそが、土壇場で1点をもぎ取ることができる。


余裕そうに見えるライバルも、内心ではビクビクしているのが現実だ。本当に力を持つ者こそ、その傾向が強い。ここぞという場面で不安を感じていない人間など一人もいない。違いは、その不安を表に出すか出さないかだけだ。周囲のハッタリに惑わされる必要はない。皆が同じように恐怖と戦っている。


合格を掴むのは怖さを知らない命知らずではない。恐怖を知っているからこそ万全の準備を怠らなかった人間だ。臆病だからこそ、強くなれる。その不安をエネルギーに変えて今日も目の前の課題に向かってほしい。

 
 
 

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