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宝物

  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

まずはっきりと言おう。この世界はお金さえあれば大抵のものが手に入る。それは紛れもない事実だ。


欲しいゲームも、最新のスマホも、贅沢で最高に美味しいご飯も、おしゃれな洋服も、お金があれば一瞬で手に入る。もっと言えば、お金があれば「気ままで快適な生活」や「失敗したときの安心」すら買うことができる。場合によっては他人を思うがままに扱う「権力」や長生きのための「寿命」までも。お金を持つことは強さであり、ある意味では正義だ。だからお金を欲しがる。皆、喉から手が出るほど欲するし、手にする量は多いに越したことはない。そして、それを無駄に失わないように必死になる。


だが、どれだけ大金を積んでも絶対に手に入らない、そして簡単には失うことのない「宝物」も存在する。


わかりやすい例を挙げよう。まずは、スマホゲームの「課金」だ。

お金さえ払えば、一瞬でレアなキャラクターが手に入り、労せずしてレベルが上がり、ゲームの世界で「最強」になれる。お金がもたらす圧倒的な快感だ。そして、データはパスワードという名の鍵で、厳重に守られる。


もうひとつ例を挙げてみよう。「部活」はどうだろうか。

どんなに大金を積んでも、一瞬で足が速くなる魔法の靴はない。どれだけ課金しても、一瞬で三振が取れるようになる変化球のデータも売っていない。強くなるには、真夏の暑い日に汗まみれになり、筋肉痛に耐え、泥水をすするよう思いをして自分の体と心を動かすしかない。


言葉にすれば同じ「強さ」だが、決定的な違いがある。


スマホゲームのサービスが終了すれば、課金して手に入れた「最強のデータ」は一瞬で消え去る。つまり、他人の都合で空っぽになる類のものだ。そもそもが、それは自分の強さではないのだから。


しかし、部活でボロボロになりながら勝利を目指して仲間と誓い合った「絆」や、必死に練習して身につけた「技術」や「根性」はそうそう消えない。 まして、他人がそれを奪うことなど不可能だ。


お金で買えるものはすべて、誰かが作った「商品」に過ぎない。一方で、本当に価値のある宝物はすべて「行動と感情」からしか生まれない。そしてそれらの多くは目に見えないものだったりする。


お金で「友達のふるまいをしてくれる人」は集められても、お腹が痛くなるほど笑い転げるような経験を共有する「本当の友情」は買えない。


お金で「合格させてくれる塾」には通えても、自分の力で限界を突破したときの「合格の達成感」は買えない。


お金で「プロレベルの最高級の道具」は揃えられても、毎日泥だらけになって体に染み込ませるような「技術と自信」は買えない。


お金で「SNSのフォロワーやいいねの数」は増やせても、自分がピンチのときに本気で心配してくれる「たった一人の親友からの信頼」は買えない。


お金で「高品質な洋服や化粧品」は手に入っても、自分が本来表現できるはずの「本当の美しさ」は買えない。


本当の宝物はどれも、手で触ることもできなければ値段をつけることもできない。


お金は社会を生きるために必要な道具だ。しかし、お金で買える程度の「すぐ消えるデータ」を集めるためだけに貴重な時間を使ってほしくはない。


本当に大切な宝物は、「心の中」にしか貯めておけない。この見えない金庫をいっぱいに満たすためにお金はいらない。毎日の学校生活を本気で楽しむこと。友達と本音でぶつかること。やったことがないことに勇気を出して挑戦すること。


その泥臭い、だが一方でごくごく普通の一歩が、すべてお金では買えない一生モノの宝物に変わる。このことを覚えておいてほしい。



 
 
 

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